東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)53号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第二号証、甲第五号証によれば、本願発明は赤外線レーザ光線を使用する外科用器械、特にエンドスコープを含む外科用器械に関するもので(本願明細書第五頁第一二行ないし第一四行)、従来から人体内部を観察するエンドスコープは知られていたが、外科用として体内にco又はCO2レーザ光線を導入するための適切な手段は開発されていなかつたところ、最近、赤外線伝送に適した新しい光フアイバ導波路が開発された(同第六頁第七行ないし第一二行)との認識に基づき、赤外線レーザ装置によつて発生された長い波長で強力なレーザ光線を使用し、人体内部に対する外科的使用に適する外科用器械、特にエンドスコープを含んだ外科用器械を提供することを目的として、特許請求の範囲第1項(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成を採用したものであることが認められる。
そして、前掲甲第二号証、甲第五号証によれば、本願明細書には、本願発明が、ダイクロイツクミラーを不要とし、エンドスコープを小径にできることについての明示的な記載は存しないが、その構成からみて、ダイクロイツクミラーを使用せず、光フアイバ等からなる光路を備えたものであるから、右作用効果を奏することは当業者にとつて技術上自明のことと認められる。
(二) 一方、第一引用例記載の発明は、フアイバ照射系中に赤外線レーザの照射光と青緑色の波長の光線である照準光を同軸上に入射し、フアイバ先端部から人体の組織のほぼ一点に照射させ、照射光の反射を観察する系を有し、観察系が投射され、かつ反射された可視光線はダイクロイツクミラー、対物レンズ、イメージガイド等を介して目視されるものであることは当事者間に争いがなく、さらに、成立に争いのない甲第六号証によれば、第一引用例には、「本発明は照準光と照射光とを同軸上に伝播させうるフアイバ照射系をもつ光コアギユレータに係る(第一頁左欄第一〇行ないし第一二行)」もので、「照射スポツトの位置決め時及び照射中に照射光点を臓器患部と共に同時観察しうるようなフアイバ照射系を提供する(第一頁右欄第七行ないし第九行)」ことを目的の一つとし、「照射光と照明光とはそれぞれ光波長帯域を別け、入、出射端に設けられたダイクロイツク・ミラーにより、これらを分離することにより、照準中及び照射中の光スポツトを患部と共に観察しうるように光学系を構成した。(第二頁左欄第七行ないし第一一行)」と記載されていることが認められる。
2 原告は、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点2についての審決の判断は誤りである旨主張する。
ところで、フアイバスコープにおいて観察系、照明系の両者に光フアイバを用いて小径となすことが本件出願前周知であることは当事者間に争いがない。
右周知技術は、これを光軸の観点からみれば、光フアイバで可視光線を光源から患部へ導く光軸すなわち照明系の光軸と、患部からの可視光線の反射光を捉え光フアイバで目視装置に導く光軸すなわち観察系の光軸との両者が別々に分離して設けられる技術であるといえる。
一方、本願発明も、前記1(一)で認定したとおり、右周知のフアイバスコープと同様に、人体内部で使用する医療用光学器械であつて、両者は共に人体内の患部の状況を観察する機能を有するものであり、本願発明は更に赤外線レーザビームを患部に投射して外科的処置を行う機能をも備えたものである。
そして本願発明の構成要件(c)及び(d)の構成によれば、本願発明はこの外科的処置を行うために、患部の状況を観察するにあたつて、赤外線レーザビームが投射されるほぼ一点に伝送される可視光線すなわち照準光の反射光を目視するものであるが、目視すべき可視光線の反射光を、可視光線を患部に導く光フアイバの光軸とは別の光軸の光フアイバで捉えているものであつて、観察系の光軸と他の系の光軸とが別々に分離して設けられていることにおいて前記周知のフアイバスコープとの間に構成上の差異は認められない。
他方、第一引用例記載の発明は前記1(二)で認定したとおり、照射光、照準光を投射する光軸と、照射光の反射を観察する光軸とが同軸であることから、患部で反射された可視光線(照準光)はダイクロイツクミラーを透過することによつて対物レンズ、イメージガイド等を経て目視され得るものである。
したがつて、前記周知技術の教示するところをもつてすれば、第一引用例記載の発明の光軸を同軸とするために必要とされるダイクロイツクミラーの使用に代えて、本願発明のように照準光の人体組織のほぼ一点からの反射光を光軸の異なる別の光フアイバで捉える構成を採用することに格別の困難性があつたと認めることはできない。
原告は、従来の技術では照射光と照準光を人体組織のほぼ一点に投射してその反射光を取り出すには、投射光路と同一光軸を経て行わなければならないと考えられていたと主張するが、前掲甲第六号証によれば、第一引用例を仔細に検討するも右趣旨の記載は認められず、他に原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。そして、本願発明の技術的課題は前記1(一)で認定したとおりであつて、照射光、照準光を投射する光軸と照射光の反射を観察する光軸とを分けたことによる障害を除去することを課題としているものではなく、照射光が存在することによつて照準光の反射光を観察する上で前記周知のフアイバスコープに比して構成上の差異は特に認められないのであるから、周知技術の適用に際して困難性があつたとする合理的な根拠は認められない。
してみると、前記周知技術をもつてすれば、第一引用例記載の発明のようなダイクロイツクミラーを使用せず、反射された可視光線を光軸を別にして目視し得るようにすることは、当業者にとつて容易であるというべきであるから、必要に応じダイクロイツクミラーを除去すること(これも設け方に対する一態様であると解される。)は当業者の設計的事項であるとした審決の判断に誤りはない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
人体に適宜に選択された部分にレーザエネルギを伝送する外科用器械で、
(a) 前記外科用器械の内部に配置され、前記人体の選択された部分に赤外線投射による医学的処理を行うように、赤外線レーザビームを伝送するとともに、可視光線レーザビームを伝送する赤外線伝送用光フアイバ伝送路と(以下「構成要件(a)」という。)
(b) 前記赤外線伝送用光フアイバ伝送路に結合される赤外線レーザーと(以下「構成要件(b)」という。)
(c) 可視光線を発信可能な低出力レーザで、前記赤外線伝送用光フアイバ伝送路に結合され、該伝送回路を介して前記可視光線を人体の適切に選択された前記赤外線を投射される部分のほぼ一点に伝送し、該点を目視可能にする低出力レーザ(以下「構成要件(c)」という。)
(d) 前記赤外線伝送用光フアイバ導波路束を通して、人体の適切に選択された前記部分に投射されかつ反射された可視光線を、この外科用器械と協働する目視装置に導く可視光線伝送用光フアイバ導波路束からなる可視光線伝送路を有する(以下「構成要件(d)」という。)
ことを特徴とする外科用器械。